2014年11月

オキシトシンと哺乳類の集団本能

>この様に哺乳類は、淘汰適応の必要から性闘争の本能を極端に強化し、その性情動物質によって追従本能(いわゆる集団本能の中枢本能)を封鎖することによって、個間闘争を激化させ淘汰を促進するという淘汰促進態である。しかし、それはその様な大量淘汰態=進化促進態としてしか生き延びることができない弱者故の適応態であり、生命の根源本能たる集団本能を封鎖し、大多数の成体を打ち敗かし餓死させるこの極端に強い性闘争本能は、生き物全般から見て尋常ではない、かなり無理のある本能だとも言える。だからこそ、同じ原モグラから出発して地上に繁殖の道を求めた肉食哺乳類や草食哺乳類は、進化するにつれて親和本能を強化し、その親和物質(オキシトシン)によって性闘争本能を抑止することで追従本能を解除し、(尋常な)集団動物と成っていったのであろう。実現論1_3_07

この親和物質オキシトシンは胎内保育に由来する物質と考えられる。
胎内保育を行う上で問題となるのは、体内に侵入した異物を排除する免疫機能である。免疫機能が作動すれば、胎児は『異物』と認識され、排除の攻撃を受けることになる。しかも哺乳類は恒温機能を獲得したが故に、細菌類やウィルスが繁殖しやすくなり免疫機能を一段と進化させている。従って胎内保育を実現しようとすれば、この免疫機能を抑制する必要があり、それを担ったのがオキシトシン系の物質と考えられる。また、このオキシトシン系の物質には、おそらく同類他者と融和する機能も存在する。
このオキシトシンの機能と皮膚感覚の充足回路を結合させることで、哺乳類は母子間のスキンシップの充足機能を作り出したと考えられる。
この様に親和機能が胎内保育発だとすれば、当然オキシトシンはメス由来ということになる。従ってメスは性闘争本能が元々弱いこともあいまって、まず哺乳類のメスの性闘争本能が封鎖される。そして集団本能がメス間で再生され、メスと子供の生殖集団が形成されていく。

更にこの親和機能はオスメス間の遺伝子交差、及び乳児期の母子充足を通じてオスにも徐々に移植されていく。そのようにしてやがて哺乳類のオスも性闘争本能を抑制し、集団本能を復活させていくことになる。


北村浩司

オスは徹頭徹尾、変異⇔淘汰存在

> 『DNA塩基配列:ヒトとチンパンジー、違い大きいY染色体--ゲノム全体より4割以上』(103937)

> 雄の生殖細胞の分裂回数は、雌の生殖細胞の分裂回数に比べて、格段に分裂回数が多い。だから、雄発で変異が蓄積する
> 卵子は卵子母細胞から2回の分裂で1倍体の卵子になる。
> 精子母細胞は、精子を生み出す過程で、20回以上の細胞分裂を繰り返す。(72788)

この2つを考え合わせると、生殖時の精子母細胞の分裂の際に生じるコピーミス=DNAの変異は、とりわけY染色体上でより頻繁に起きる、ということが云えるのではないかと思う。だとすると、精子の段階で既に、Y染色体を持つ(オスになるべき)精子が、X染色体を持つ精子(メスになるべき)精子よりも、大きな変異を果たしていることも考えられる。

その上で、精子は数億の個体の中から卵子に辿り着くまでの間に淘汰を受ける。さらに、Y染色体を持った(=より変異の大きな)精子が勝ちオスが生まれれば、生後再び性闘争や外敵闘争を通じて淘汰を受ける。

このように、「精子母細胞の分裂の多さ」と「変異しやすいY染色体」、そして「受精時」と「生後」の淘汰と(おそらく他にもある)、徹頭徹尾、何重もの変異と淘汰の促進を担っているのがオスという存在だ。



田中素

哺乳類が母系制なのは・・・

息子・娘とも、母親と一緒にいるので、母親との密着度の違いに、オス・メス差は生じません。従って、

>このような内雌外雄の構造では、時間的・空間的な密着度の違いから(オスは乳が出ないので当たり前とも言えるが)、必然的に父子関係よりも母子関係の結びつきの方が強くなる。

は、オス移籍=父系制の理由にはなりません。

又、オス・メスとも産まれた集団に残る場合は、母系でも父系でもありません。従って、

>成長するにつれて、集団の外側で大人のオス(父親)たちと縄張りを守るという役割に収束してゆくので、

も、オス移籍=父系制の理由にはなりません。

哺乳類が母系制なのは、性闘争本能を強化→成人したオスは性闘争上の敵→オスが集団から追い出されるからではないでしょうか。
哺乳類の祖先である原モグラの集団形態(オス1匹とメス複数)を見ても、母系の原点はここにあると思います。



西知子

哺乳中は排卵しない。なのに年子がいるのは何で?

哺乳類は基本的に離乳後でないと再び妊娠することが出来ない。
だとすると・・・あれ?年子ってありえない?何で年子がいるんだろう?と疑問に思いました。

(以下、「 哺乳類の生殖戦略-ヒトの視点から俯瞰する- 」リンクより引用)
>哺乳動物では、哺乳の間に母親が示す行動発現を介して、子には敵味方の区別、採食可能な食物、社会的オリエンテーションなどが「刷り込まれる」と考えられる。これは、遺伝子に書き込まれていない情報が、中枢神経系の回路形成というかたちで母から子へ継承されることを意味しており、哺乳類の環境適応に大きな役割を果たしている。したがって、それぞれの動物種には固有の哺乳期間が存在すると考えられる。固有の哺乳を保証するためには、哺乳中に次の妊娠を起こらなくすることが必要で、実際全ての動物で、吸乳刺激が中枢神経に作用して排卵に必要なホルモンの分泌を抑制する仕組みが備わっている。つまり、先に生まれた子が育って、母親が次の子の哺育に専念できる頃を見計らって離乳が行われ、排卵とそれに引き続いて次の妊娠が始まるのである。

 この哺乳の方式が、生物としてのヒトと、われわれ文明人との間では大変違っているのではないかと考えられている。現在「生物としてのヒト」がいるわけではないが、人間に極めて近いチンパンジー、ゴリラの分娩間隔は4~5年で、カラハリ砂漠でいまも狩猟採取生活をしている、クン族のそれも4年であるという調査結果がある。われわれは1年間隔で子供を持つことも決して珍しくないから、この違いには何らかの理由があるはずである。

 ヒトの分娩間隔が4年ということは、これから妊娠期間を引いた3年強が、ヒトの生理的な哺乳期間であることを意味している。さらに、ヒトの生理的哺乳は、昼夜を分かたず1時間に3回程度極めて頻回に行われていたらしい。このような頻度で哺乳が行われていれば、排卵の抑制は完全で、女性は10~15年掛けて2~3人の子を生むことで一生を終えていた。新生児期の損耗を考えれば、ヒトはチンパンジー、ゴリラと同様に数の増えない動物であった。人類400万年の歴史の殆ど全ての期間を通じて、人口の倍増には10万年を要していたという計算がある。現代、これが50年を切って、激しい人口増加が起きているのは、ヒトが生理的な哺乳の方式を放棄したからである。

 約1万年前に、それまでの狩猟・採取による移動生活から、農耕・牧畜などによる定住生活が始まり、母親の社会的役割が大きく変化した。狩猟・採取生活では、母親の育児の負担は極めて大きく、母親と子は常時一緒にいて、短い間隔で哺乳していたに相違ない。定住生活が成立すると、家の中にしばらく乳児を置いて、その間に母親が積極的に農業労働に従事することなどが可能になり、排卵を抑えるのに十分な哺乳の頻度が保てなくなっていったのであろう。その結果、たとえ哺乳中でも妊娠・出産が起きることから、必然的に一人の子供に対する授乳期間が短縮していった。これが文明人の哺乳の方式である。
(引用終わり)

本来のヒトは、短い感覚で哺乳をしていれば、3年くらいは排卵をしない。
でも、定住生活によって母親の哺乳頻度が低下したことから、哺乳中でも排卵が起こり、妊娠・出産が出来るようになった。

なるほどー、だから哺乳中でも妊娠が出来る、だから年子はありえる、っていう仕組みになっていたんですね!
しかし、1時間に3回の哺乳って大変そう~(^^;
母親というのは、本当に子育て役割を抜いては語れない(むしろそれが全て?)存在なんだな~と改めて思いました。


春風

人類は個の保存ではなく集団の保存に可能性収束した。

性闘争本能とは、「個の保存⇒種の保存」という可能性収束
共認機能獲得とは、「集団の保存⇒種の保存」という可能性収束

性闘争自我闘争を封鎖しない限り、人類存続の可能性は開かれない。




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