2014年12月

6500万年前の哺乳類繁栄に関するニュース

今までの学説では哺乳類は恐竜が絶滅した約6500万年前頃から種を増やし、繁栄していったというのが定説のようになっていましたが、それとは若干異なるデータが報告されていましたので紹介します。

>「恐竜絶滅で哺乳類繁栄は間違い?=遺伝子分析で判明-国際チーム」
恐竜が約6500万年前に絶滅し、哺乳(ほにゅう)類の時代が始まったとの通説は、哺乳類の種の多様性に関する限り、間違っている可能性があることが分かった。ドイツ・ミュンヘン工科大などの国際研究チームが2日までに、現在生息する哺乳類のほぼ大半、約4500種について遺伝子に基づく系統樹を作ったところ、約7500万年前までに基本的な種の分化が終わっていた。論文は英科学誌ネイチャーに発表された。
(4月3日Yahoo!ニュースより)

英文記事:リンク
系統樹(英語):リンク


この新しいデータは進化が逆境下で起こると考えれば不思議なことではないように思う。

>生物の進化は決して直線的ではない。連続的に下等生物から高等生物に予定調和的に進化したわけでは、決して無い。
事実は、自然環境の激変から多くの種が絶滅し、その際に新環境に適応する機能を奇跡的に生み出した(DNAを変異させ新機能を飛躍的に特化させた)新種が、もしくは従来生物が棲んでいなかったニッチに奇跡的に適応した新種が、その後辛うじて生き延び、多様に適応放散したということである。その過程では99%は、この一か八かの賭けに失敗し絶滅している。つまり、好き好んで、より良い環境を求めて新天地を切り開いたという俗にイメージされている進化観とは全く逆なのだ。(125976

生物の進化には大きく分けると、形態なども含め、劇的に変化する場合(大進化)と、そのときの外圧に適応する形で持っている能力(本能)を更新する場合(小進化)があるが、基本的に大進化は上記引用のような逆境下において起こっているようだ。(参考:127791リンク

つまり、哺乳類は恐竜絶滅によってニッチが拡がったから進化し、大繁栄したのではなく、恐竜の繁栄という逆境に晒される続けることで進化を促進させており、その後の寒冷化という逆境で更に進化することに成功したからこそ一挙に繁栄することができたと考えられる。

そう考えると、今回のデータは生物は逆境下で進化するということのひとつの傍証であると言えるのではないか。





波動

海水から淡水へ。

5億年前以前には、豊富な種類の生物達を抱える海とは対照的に、
陸地とはただ岩だけが存在する不毛の地でした。
しかし5億年前、大陸の移動→衝突によって土地が隆起し、
ヒマラヤ山脈に代表される大山脈群が生まれます。

それらが大気の流れを遮り、雲を発生させます。
雨は山肌を削り、谷を作ります。
結果、大陸にはいくつもの大河が生まれ、海に流れ込み始めました。

この新たな生息地(ニッチ)の出現は、
オウムガイなど強靭なアゴを持った生物が制圧した海に棲む弱者、
アランダスピス(最古の魚)にとって唯一の可能性となりました。

4億6000万年前頃に誕生したアランダスピスは今の魚とは違い、
浅い海に棲み、泥の中の微生物をあさる魚でした。
背骨やヒレもない彼らにとって、
海水をジェット噴射して(彼らより)すばやく動くオウムガイは、
見つかれば捕食されるという、脅威の生物でした。

とはいっても、塩分濃度の高い海水から、
塩分をほとんど含まない淡水という急激な環境の変化には、
多くの生物は対応することが出来ません。
おそらく、オウムガイに追われて汽水域に逃げた魚の多くは、
かなりの確率で死滅したと思われます。

しかし4億年前、プテラスピスという魚が、
初めて汽水域への進出を成功させます。
プテラスピスは硬い甲羅で水の体内への流入を最小限に抑え、
それでも入ってくる水に対しては腎臓を発達させて対応しました。
(ここまでに体を変えるのに、なんと6000万年もかかっています!)

そしてそこから1000万年後、
最初に背骨を持った魚、ケイロレピスが登場します。
骨にミネラルを蓄えることによって、
ミネラルのほとんど無い淡水に、より適応しました。




Lucky

聖域化した家庭にまで貫かれた摂理

>あくまでも生殖集団=性的な期待・応望に基づく雌雄解脱共認に収束するメスの習性は、原猿・真猿・人類の極限時代、そして遂に闘争を放り出して生殖だけの家庭を不可侵の聖域として形成した現代に至るまで一貫しており、全く変わっていない。(実現論1_5_06

現代家庭の「聖域」化に至る原因を、女の役割欠損⇒自我収束の側面だけで捉えていたが、もっと根本的な原因(基盤)が、原猿・真猿・人類を貫くメスの習性(雌雄解脱共認への収束)にあることに気づかされた。

この事実を捉えることによって、聖域化した家庭は可変部分だが、男女解脱共認への収束は、女の不変部分=自然の摂理であることが分かる。



矢ヶ崎裕

男の自我を発動させるのが女の自我

性的存在欠乏⇒自我回路に収束した女は、性的存在理由を充足する機会を求めて、夫以外の男を挑発し誘惑。その規範破りの相手には、常に最も集団性・規範性の低い下司男が選ばれていた。

ということは男にも自我はあったのではないでしょうか?

そもそも自我とは評価欠損から発生するもの。
だから、男女関係無く自我回路は全ての人間が持っている。

ただ、男は序列原理が働いており、基本的には首雄に従っている。
その男の自我回路を肥大させるきっかけになるのが、女の自我なんだと思います。

だから、女は菩薩にも、悪魔にもなりうる。





きなこ

生物の本能から知った雌雄の役割

今まで、男女の役割分担というものは、人間が文明・文化を持つようになってからだと思っていましたが、実現論を読み、それがもっと古い時代に根拠があることを知りました。

> 種を存続させる為には、闘争存在たるオスがより闘争性を強めると共に、メスたちの外側で外敵に対応した方が有利である。(実現論1_3_05)

>オスは闘争、メスは生殖という雌雄役割分化を土台に、さらにオスの性闘争本能を強化することで、同類内での淘汰促進と、外敵からの生殖空間の防衛との両方を同時に実現している。

性闘争本能による同類内での淘汰促進は、始めは不自然なようにも感じました。
しかし哺乳類が外圧に適応し、生き延び、進化する為に、オス・メス分化してきたのであれば、当然、オス・メスに分化しなければならないだけの理由と役割があるということ。

その理由が

オスは闘争存在
メスは生殖存在

であるということに気づきました。

現在の人類は生物界にはほとんど存在しないはずの「主夫」があり、男女の役割について、本当に理解している人は少ないと思います。

実際にそのような男女の役割が逆転している人が増えている現状を見ていると、とても女性が不安定な精神状態になり、女性としての誇りや女性であることの存在価値・存在意義を見失っているように感じます。

それを見ていて「仕事が出来るのに、社会で評価されているはずなのになぜこんなに不安定になるのだろう?」と常々疑問に思っていたのですが、女性は進化の過程において、外圧と戦うことよりも種の保存の為に生殖存在として進化してきた為、本来の役割を無視して押さえ込んでしまうこと=女性の不安につながっているのではないかと思いました。
そして、男性の闘争存在感が薄れ、女性が台頭してきたことで、女性が闘争存在・生殖存在を一手に引き受けていることで安定基盤を失っているからではないかと思います。

男女は「同質」ではないのだから、現在のように男女の役割が逆転したり、男女の役割が見えていないという本来の役割を無視して生きることは生物学的にも可能性の無い方への収束であると言えると思います。

現在の人類の在り方と男女の本来の役割、そして現状のままで人類が向かう方向がどのようなものであるのか・・・今一度、考える必要があると思います。





健石知子
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