量子物理学の発展により、これまで目に見える物質こそが唯一であるという物質主義そのものが見直されている。

物質の構成要素を素粒子にまで分解すると、物質の存在が不確定となる世界があり、さらにはそれらは「意識で繋がっている」といった仮説もあり、量子物理学の世界は現代の科学では解明されていない領域が多数存在する。

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現在の量子物理学の根幹をなす量子力学が、シュレーディンガーやハイゼンベルクらにより数値的に整理されたのは、1925年ごろからとされている。まだ100年にもならない若い分野だ。それが今、世界の見方を大きく変えようとしている。

ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した渦巻銀河の中心部。壮大な宇宙の知られざる仕組みについて、これからわれわれの旅が始まる。誕生以来、科学は物質主義を貫いてきた。目に見える物質こそが唯一であり、そこには宗教や心霊、超能力などオカルト的要素が加わることはなかった。
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ところが量子物理学の発展により、物質の存在事態があやふやになってきた。確かに身のまわりには、見えて、触れて、観察できる物質が存在する。しかし構成要素を素粒子にまで分解すると、そこには物質の存在が不確定となる世界があった。素粒子は量子であり、確率として存在するだけで、観察するまで状態は確定しないのだ。

最近、マクロな視点でも非実在性(だれも見ていない間は存在していない)の可能性が指摘されている。NTTと米イリノイ大学の実験で、量子から見れば巨視的状態となる電流状態で非実在性が確認されたという。これまで意識の謎を解明するには、脳という物質が対象とされてきた。しかし、この手法で謎が解明されていないのは周知の事実である。そこで、ここにきて、ポスト物質主義を唱える学者が現れはじめた。

米アリゾナ大学のゲイリー・シュワルツ教授によると、臨死体験や超能力を科学として取り扱わないのは、イデオロギーの問題であるという。これらを避けること自体が、非科学的だというのだ。科学界を敵に回す主張だが、今ではポスト物質主義に賛同する学者が多数、現れている。いい方を換えるなら、オカルトの世界に科学が踏みこんだのである。

■ウイルスは生物か生命か

中央ヨーロッパ大学の准教授フィリップ・ゴフによると、木や石や電気も意識を持っているという。神道的な考え方だが、これは「パンサイキズム」と呼ばれる科学理論なのである。この仮説で思いだしたのが、遠隔透視の第一人者であるジョー・マクモニーグル氏の話だ。

食事中、彼はある体験について話しはじめた。それによると彼は、かつて物理学者のために遠隔透視で素粒子を見たことがあるのだという。そのとき、なんと素粒子にも意識があることに気づいたというのだ。これにはさすがに筆者も懐疑的だったが、奇しくも科学者がマクモニーグルの透視を裏づけたわけである。あるいは彼の透視が、物理学に影響を与えたというのは考えすぎだろうか?

遠隔透視の第一人者ジョー・マクモニーグル。素粒子を透視した彼は、そこに意識が存在することを感じたという。話を進めるにあたり、意識、生命、生物について考えてみよう。これらは同じもののようにも感じるが、微妙に異なっている。科学的な定義が与えられているのは、生物のみである。

生物学者が考える生物の定義は明快かつ簡単だ。外界と隔へだてる細胞膜を伴った細胞構造を持ち、内部の恒常性を維持できること。遺伝子としてDNAを持つこと。エネルギーを変換できること。自己複製を自己内でできること、などだ。

この定義でいくと、ウイルスは生物ではない。ウイルスのなかには、遺伝物質としてRNAしか持たないものもあるし、細胞構造も持っていない。増殖も宿主の助けなしではできないし、エネルギーも宿主のものを利用する。しかし、一般的にはウイルスは生命体だと思われている。つまり、生命のほうが生物を含んだ上位概念なのだ。

それでは、生命あるいは生きているということの定義は何なのだろうか? 一筋縄ではいかない問題だが、ウイルスが生命体だとすれば、少なくとも生物とウイルスに共通する性質こそが生命の定義といえるだろう。ウイルスに細胞構造はないので、細胞は生命の必須条件ではない。同じように、遺伝物質もDNAに限定されない。他者の助けを借りてでも、自己増殖ができればいいことになる。

では意識はどうだろうか?

ヒトや高等動物に意識があることは、だれもが認めるところだろう。では、大腸菌に意識はあるのか? 科学界では、これは否定される。なぜなら大腸菌は、意識を司る脳構造を持たないからである。ではもっと大きな生命体が存在するとしたら――?

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生物や生命といった分野を追求していくと、現代の科学では解明されていない分野が多々ある。これらを追求していくことこそが、人類の発展において大きな一歩になるに違いない。




西本圭